魔導具作りもそれなりの成果を出して、私は少しだけホッとする。これでダリウスの興味も私から逸れるだろ。そう安堵していた。
 けれど、その頃からだろうか。
 ダリウスと同じベッドで寝るようになって、彼の夢を見るようになった。正確には彼の過去だろう。魔力と共に彼の想いが夢という形で形成される。これはおそらく私が彼の周囲にある魔力を吸収し、それが蓄積したことによって投影された映像だ。

 夢の──過去のダリウスは孤独だった。
 その魔力の強さと体質ゆえに、理解者は少なく一族の中でも疎まれていた。だからこそ幼少の頃から軍に身を置き、辺境の地で戦いに明け暮れていた。
 戦場でも孤高で──たった一人で魔物の大群に突っ込んでいく。唯一乳母兄弟のカイルが後方で魔法援護を行っていることぐらいだろうか。
 血生臭い生き方。彼の人生に関われる人は少なかったのだろう。彼にとって日常は戦いと孤独。彼の弟は多少耐性があったのか、時折訪ねてきている姿を見る程度だ。

 孤独の彼が少し変わったのは一冊の本。それは孤独を紛らわせる暇潰しだったのだろうけれど、本はダリウスの孤独を少しずつ埋めていく。そうやって、季節が廻り本の数が増えていった。

 私をよく抱きしめるのは、現実だと実感する為なのかもしれない。初めて傍らに誰かを置くことが出来たのなら、それは奇跡だと思っただろう。
 私にとって当たり前は、ダリウスにとって奇跡の連続だったとしたら日々の態度も納得できる。けれど魔導具が完成すれば、彼の夢は叶う。そうすれば私の役割は終わりだ。きっと他に好きな人が出来る。
 それでいいと思う。
 私には優先してやることがあるのだから。気の間違いや、他に選択肢がなかったから選ばれたとして、それはずっと続くか分からない。なぜならダリウスは純粋な龍神族ではないのだから、習性から外れるだろう。

 一度愛したら、生涯愛し続ける。その最期が来るまで──。
 人間にとっては重い愛。
 けれどそれが龍神族(わたしたち)なのだ。
 兄様とあの王女がそうだったように、思い続けるというのは難しい。大事な場所を大事にしていかなければ、その場所は音を立てて崩れていく。努力し続ける──私はまだその覚悟がつかない。

(本当に臆病で、怖がりだな)

 ダリウスに芽生えつつある想いを封じる。これは麻疹のようなものだと──勘違いなのだと。真に受けてはいけない。傷つくのは自分なのだから。
 私は「夢の中だから」と、呟きながら彼を後ろから抱きしめる。
 とても大きな背中だけれど、それが心地よくて温かい。もう、そんな行動をしている時点で、答えは出ているというのに。私はどこまでも意地を張り続ける。
 こんな想いはまやかしで、一時のものだと言い聞かせて。


 ***


 城砦ガクリュウで過ごしてから一週間目の朝。
 私はいつもより早く目が覚めたので、もろもろ状況整理しようと散歩することにした。この数日ほど、ほとんど寝てばかりだったのもある。体は完治までいかなくとも、歩き回れるぐらいには回復した。

(私の魔力は大して回復してないけれど、肉体の完治が先だからしょうがない)

 ダリウスは隣で寝ていた。寝ている時は少し子どもっぽくって、何だか大きな犬のようにも見える。私が離れたからか手が無意識に温もりを探していた。

「心配しなくても、約束までの時までは傍にいるわ」

 逃さないという本能的なものだろうか。私は傍にあるクッションを彼に差し出すと、満足げに抱きしめて深い眠りに落ちていく。私はガウンから白のワンピースに着替えると、そっと部屋を出た。

(魔力の回復すれば、この関係も終わる……わよね)

 最近考えるのは、そればかりだ。
 兄様が亡くなって、母様も眠ってしまって、私と父様だけの生活が続いた。──といっても天界では殆どの者が有事に備えて眠る場所だった。心も体もボロボロだった私達を守る為に作り出した居場所。

 私たち、龍神族の生き残りたちが目覚めると同時に、父様は暫く眠ると告げた。私に何かあった時には、すぐに向かうと言ってくれたけれど大怪我を負っても反応が無いところを見ると深い夢を見ているのか、刀夜が何かしたのかもしれない。
 どちらにしても、自分でなんとかしなくてはダメだ。ダリウスは手伝ってくれると言っていたから、帝都までの道案内は頼むまでにしよう。けれどそれ以上は──彼を巻き込んではいけない。

(ダリウスと一緒の時間が増えれば増えるほど、後戻りできなくなりそうだもの)

 面倒な婚約者候補を早々に追い出して──そうすれば婚約者ごっこも終わって、晴れて自由の身となる。