「ここは……」
一軒の家の門を見上げ、璃世はつぶやいた。
川沿いから小路に入り、ひょいひょいと進んでいく子ネコを必死に追いかけてきた。最後に茶トラのしっぽが入っていったのはたしかにここのはず。
格子状の引き戸の隙間から、少しだけ中を覗いてみる。
門からまっすぐに伸びた石畳のアプローチの先にある玄関引き戸には、生成色ののれんがかけられてある。どうやらお店のようだ。
それなら――と思い切って足を踏み入れた。お店の人にお願いしたら、電話とタオルを貸してもらえるかもしれない。
そんな安易な期待を抱いたのがそもそもの間違いだということを、このときの璃世は知る由もない。
「ごめん、くださーい……」
のれんを片手でよけながら中に声をかける――が、なんの反応もない。
(誰もいないの……?)
少し不安になり、周囲を見まわした。
のれんがかけられた入り口は開いていたし、プレートの【営業中】も見間違いではない。
ふと、のれんの端に描かれた黒い小さな招き猫が目に留まった。
(なんか今日はネコづいてるなぁ……)
なんてのんきに考えている場合ではない。日が暮れてからどんどん気温が下がっている今。このままだと風邪を引いてしまうだろう。早く濡れた服をなんとかしなければと、意を決して玄関から一歩中に入ってみる。
外側から見たときよりも意外と中は広かった。
天井からはアンティークランプや金灯籠がぶら下がり、その下には猫足のローテーブルとソファー。それ以外はところ狭しと物が置かれている。
壁にかけられた絵画や古時計。ガラス戸棚には食器と西洋人形。陶磁器の大きな壺や、なぜか大きな招き猫の置物まである。
古道具なのか骨董なのかアンティークなのか、とにかく和洋折衷のごった煮といった不思議な空間。
まるでおとぎ話の中にでも迷い込んだような気持ちで、呆然と店内を見回していた。