はじまりはその前日。
 かつて“都”と呼ばれた街の夕暮れどき。木枯らし吹きつける橋の真ん中で、璃世は途方に暮れていた。

「どうしよう……」

 もう何時間も歩き回っている。指先はジンジンと痺れて足は棒のよう。重たいスーツケースのせいで腕も痛い。明日から“師走”だが走るどころか歩けそうにもない。

 手に持っている紙を眺めながらため息をついた。日が暮れるまでに、ここに書かれた住所の店にいかなければならないのにと。

 二週間前、勤めている会社が倒産した。

 春に入社してからこの八か月、彼女なりに早く一人前になって役に立とうと必死に頑張ったが、彼女が戦力になる前にあえなく倒産。様々な社会情勢の変化に持ちこたえられなかったのだろう。

 独身寮完備ということが決め手で入社したのに、裏目に出てしまった。職も住み家も一度に失ってしまったのだから。

 どうして自分が新生活を始めると、不慮の出来事にみまわれるのだろう。どこかに神様がいるのなら教えてほしい。

 専門学校に入学したばかり年、璃世は両親を事故で亡くした。
 幸いなことに、両親の生命保険から専門学校の学費は払えたけれど、二つ下には弟がいる。自分よりできのいい弟のために両親の遺してくれたお金はとっておこうと心に誓い、学生のときはバイトに明け暮れ、就職活動にもいそしんだ。

 とにかく璃世は自分を食べさせていかなければならない。多額の保険金があっても、弟の大学生活はこれから四年――いや、六年は続くだろう。あっという間にそれも底を尽きるかもしれない。

 そのため、文字通り“必死”に再就職先を探し、知り合いの親戚のそのまた知り合い――という伝手を頼って、やっとのこと獲得した再就職先がこの紙切れというわけなのだ。

【まねき亭/住み込み(三食つき)/月給18万/賞与年2回/※ただし住居の掃除は各自で】

 そう書かれた紙を見ながら、石造りの欄干に両腕をついてうなだれた。