三矢田璃世(みやたりせ)は人生最上級のピンチにさらされていた。

 この世に生を受けて二十一年と数か月。今までこんな目にあったことはない。
 勤めていた会社の倒産も宿無しも、両親の突然の死すらも経験してきたけど、よもやこんな、妄想の中にしか存在しない事態が自分の身にふりかかるなんて。

(もしかしてまだ夢の中だったりとか……)

 もう一度眠ればかえって目が覚めるかも――と、まぶたを下そうとしたら、鼻先にヌルっとした生温かい感触。

「うひゃっ!」

 驚いて両目をガッと見開いたら、視界いっぱいに端正な顔があった。

 シャープな輪郭の小さな顔。その中にくっきりとした奥二重のアーモンドアイと筋の通った鼻梁、そして美しい曲線を描く唇が神業のごとく配置されている。

 クールかつセクシーな顔面は眼福ものだけれど、一点だけ異色なものがある。頭上にある黒い毛に覆われた“耳”だ。

 それが目に入った瞬間、璃世は我に返った。

「な、なにをするんですか!」
「なにって……味見?」
「あじっ」

 小首をかしげながらいけしゃあしゃあと言われ絶句した。だけどすぐ、眉間に力を込め、上にある端正な顔をギリッと睨む。

 睨まれた方はどこ吹く風。長い手足を檻にして璃世を布団の上に閉じ込めていながら、表情は涼しげ。璃世の反撃を楽しんでいるようでもある。

 少しでも気を緩めようものなら、瞬く間に喰らいついてきそうな気配。味見どころか本当に食べられてしまいそうだ。