『おちついて、落ち着いて聞くのよ、』



スマートフォン先の母親は、わたしにそう言っているのではなかった。

少しでも気を緩めたならば発狂しそうだからと、無理やりに平常を保とうとしている声。


いつも帰ったらケーキやクッキー、お菓子づくりが大好きなお母さんの得意分野で出迎えてくれていたというのに。


初めてそんなものが無かった日は。

とても雨が激しく打ちつける、午後17時45分だった。



『爽雨(そう)がね、……爽雨が、…あの子が…っ、』



聞こえないよお母さん。
お兄ちゃんがどうかしたの?

お兄ちゃんに何かあったの?


わたしは確か、そんなふうに何度も聞き返していた。


そしてお母さんは心を無くしたロボットのように淡々と、衝撃なんて言葉では表せない現実をわたしの前に持ってきたのだ。



『───…爽雨が…、ビルの10階から飛び降りたって、』



昔から変わった子だった。

泣き虫なわたしとは反対に、彼は苦手な物も好き嫌いもなく、心優しい性格で世渡り上手。


近所の人からの信頼も厚くて、勉強だって運動だってできるのに、選んだ高校はこの町いちばんと言われる不良のたまり場で。