黙って足を進めてしまう男を必死に引き留めようとしてくれるのは、池田さんだった。



「綾都くんは……あなたの息子さんなんですよ…っ、」



俺が小さなときからこの病院に勤めている彼女は、父親と母親からの普通を受けてこなかった俺にいつも笑いかけてくれた人。



「父さん…っ、おねがいだよ、」



父さんにしか助けることができないんだ。

爽雨を救ったあなたしか、この毒は取れない。



「───…ここでは“先生”だ、綾羽」


「……え…?」



久しぶりに親から呼ばれた本当の名前。


やっと呼んでくれた、よりも。

覚えててくれたんだ…、そんな気持ちのほうが大きかった。



「君たちも何をしているんだ。重症患者が運ばれてきたじゃないか」


「い、院長…、」


「こんなところでごちゃごちゃしている暇はない。…はやく手術室へ運んで医者を揃えろ、すぐに緊急オペを開始する」



“ぼくのお父さんは、どんな病気も治してしまうお医者さんです。

神の手を持って、たくさんの人を救うお医者さんです。

ぼくもいつかお父さんのような、格好いいお医者さんになりたいです。”


それは小さな頃、父親も母親も来なかった発表会。


先生や保護者、園児たちが見守るなかで堂々と読み上げた夢を思い出した───。