深雨(みう)ではなく、自分は爽雨(そう)としてこの男子校で生きていた。

それなのに簡単に呼んでしまえる彼の目に、またもや覚悟が揺らいでしまいそうになる。



「……、…久遠(くおん)、くん」


「やめろ。それ以上言ったらお前は俺を刺せなくなる」


「っ、」



カタカタカタと、情けないナイフはわたしの手に握られていた。

ふるっと唇が震えて、涙が視界いっぱいに溜まる。


どうして、どうして久遠 綾羽(くおん あやは)なの。

どうしてあなたの名前は久遠 綾羽なの。



「でもお前は俺を刺せないよ。…涙で視界なんか見えたもんじゃねぇだろ」



やっぱりこの人はずるい。

わたしが本当は誰よりも泣き虫な性格だということを知っていて言っているのだ。


そんなことを思っている隙にも、ソファーから腰を上げて一歩一歩と歩み寄ってくる。



「……!」



気づけば目の前に来ていた。


わたしは今まで、彼をどんな目で見ていただろうか。

言葉で伝えたことは無かったが、とっくに伝わってもいたはずで。



「まさかRain shadowが今日で終わるなんて思ってなかった」



ちがう未来は、どこかに存在したのだろうか。

わたしがこの男に復讐しない未来は。