敬語にしなきゃといつまでも気を張って、どこもかしこも張りつめた場所になって。
それでは紫昏くんの心が疲れ切ってしまうから。
「氷昏はきっと、驚いたり、笑ったりしなくて。そのまんま、ゆっくりゆったり話し続けてくれると思うから」
「……そこで自分もとは言わないんですね」
「それは要相談で……」
「この状況でそれですか」
くふり、笑いを噛み殺そうとして、でも耐えきれなかったような笑い方。
それをひとつ落としたかと思うと、紫昏くんはガラスの壁の上で腕を組んで、顔をうずめて。
でも、すぐにわたしの方に、こてんと顔を傾けた紫昏くんの。
「というか、」
それは、今まで見た、模範的な笑顔じゃなくて。
「─────んなこと、こっちは出会った時から知ってんだよ、……ばあか」
困ったように眉を下げて。でも、下手っぴなほど吊り上げた口角は、小馬鹿にしたような、けれどひどく嬉しそうなその笑顔に。
「……いまの、絶対わざとだよね」
「100パー故意です」
「というか知ってたのならもっとはやくに敬語取れたのでは?」
「うるせえんですよ」
胸の奥の奥の奥の、そのまたずっと奥にある、随分と前に閉め切ったその場所が、……かすかにふるえた音がした。



