ゆっくりと、またわたしへと戻ってきた視線に、ハッとした。
頭が冴えて、でもやっぱり、言葉なんて意味がないものだと思えてしまって。
口を開いて、また閉じる。
「そのあと、母は当時頼っていた心理カウンセラーさんのもとに僕を連れて逃げ出しました。離婚届を書いたものを置いて。父がどうしているのかは、今はわかりません」
ベランダを挟んだ距離。
いつもよりもずっとずっと遠いこの空白が、わたしたちの心の隙間を物語っているようで。
「まあ、母がまた再婚できたので、離婚届は受理されているんだと思いますが。……えっと、すみません。話が脱線しましたね。この敬語癖は、僕がもともと、言葉遣いが父に似てすこし乱暴だったので、母に躾られた名残です。誰にでも使うようになってしまって」
困ったように頬をかく紫昏くんは、本当に困っているんだろう。
……けれど、それに甘んじているように見えるのは、気のせいだろうか。



