「それ。彼女に渡すんじゃなかった?」


 家に帰った途端、姉ちゃんに指摘された。


 それはもう、からかう気しかない顔だ。


 いつもなら嫌がってみせるところだけど、そんな余裕はなかった。


「……渡せなかった」


 姉ちゃんに押し付けながら、階段を上る。


「ちょっと紅、なにがあったの?」


 慌てている声に、足を止める。


 振り向く気はない。


「別れただけだよ」


 そして僕は、また逃げた。


 姉ちゃんが後ろからいろいろ行ってきたけど、聞かなかった。


 部屋に閉じこもって、暗闇の中で思い出すのは、和心ちゃんのことばかりだ。


 和心ちゃんの笑顔。


 和心ちゃんの呆れた顔。


 和心ちゃんが好きな服。


 和心ちゃんと訪れた場所。


 どれも大切な思い出すぎて、それは涙として溢れ出した。


 楽しかったから、苦しい。


 和心ちゃんのことを考えれば考えるほど、僕は間違ったような気がしてくる。


 もっと僕が強ければ。


 自信を持っていれば。


 きっと、違う未来が待っていた。


 和心ちゃんを大切にしたかった。


 和心ちゃんのそばにいたかった。


 でも、僕は和心ちゃんに相応しくないから。


 僕よりも和心ちゃんを大切にしてくれる誰かが、きっといるから。


 僕は、君の音がない世界で、いつまでも和心ちゃんの幸せを願っている……