午前の授業が終わる。

 最近の流れならめぐみちゃんと一緒に中庭に出て、そこに横島くんと秋成くんがあとから合流する流れだった。

 でも、今日は学校に来てから一言も話していないし……。

 どうしようか迷って気になってめぐみちゃんを探したけど、もう教室にはいなかった。


 めぐみちゃんがそうしたいなら、仕方ないよね。

 私はひとりで中庭に向かおうとしたときに、レポートデバイスに通知が来ていることに気づいた。

 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】

 え? また?

 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】

 ――ちょっと待ってよ。

 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】

 なんでこんなにいくつも……!

 【複数の通報がありました。あなたの信用ポイントが下がります】
 【他者の悪口を言ったり、名誉を傷つけることはやめましょう】

 【久代杏里の信用ポイントは52から38に下がります】

「私、なにもしてないじゃん!」

 思わず声に出してしまう。
 どうすればいいんだろう。急ぐ必要もないのに、中庭へ向かう足が速まる。


 途中で、森さん、若乃さんと談笑しながら歩くめぐみちゃんを見つけた。
 めぐみちゃんは私を見るなり、ふっと小馬鹿にしたような顔で笑う。

 ――頭に血が昇る。私はあとのことなんか考えもせず、めぐみちゃんの前まで走った。

「嘘の通報するの、やめてよ」

「……は? 通報したのがわたしって決めつけないでよ」

 妙に強気な返事をしてくる。隣にいる森さんは鼻にかかったような声で話し始めた。

「聞いたよぉ。久代さん、篠原さんが好きだった横島くんに色目使ってたらしいねぇ。だめだよー。人の男に手を出すのは。もしそんなことをしてたなら、通報されてもおかしくないと思うよぉ」

「――色目なんて使ってない! だいたいそんなことで通報するのおかしいじゃん。誹謗中傷なんてしてないんだし」

「誹謗中傷かどうかを判断するのは篠原さんじゃないの? 知らないうちに傷付けるようなこと言ってたとか、考えないのぉ?」

 ……なんでめぐみちゃんじゃなく森さんが答えるんだろう。間の抜けた声がいちいち癇に障る。

 レポートデバイスには、“複数の通報”って書いてあった。めぐみちゃんと一緒に私を通報したのは、森さんグループかもしれない。だとしたら、なんでめぐみちゃんの味方に……?

「こんなこと言いたくないんだけど、森さんには関係ないでしょう。なんで通報するの?」

 私がそう話すと、森さんの細い眉毛がぴくっと動いた。

「関係ない……か。ならさ、なんであんたこそ関係ないのに崇を通報したわけ?」

 ――酒井崇のこと? なんで?

「篠原さんから聞いたよ。崇のこと通報してたんでしょ。あんたがでしゃばったせいで崇は……」

 森さんは獲物を狙う虎のような眼で、私を睨みつけていた。

 めぐみちゃんは森さんの後ろでニヤリと笑う。

「悪いんだけどさー、あの日、わたしもやっぱりトイレに行こうと思ったの。そしたら杏里が真澄と話しているの聞いちゃったんだよね。杏里には、横島くんより真澄がお似合いだと思うよ」

 隣にいた若乃さんがクスクスと笑う。

 背中に虫が這うような感覚がして、手が震えてくる。
 自分の手をぎゅっと握った。

「……それがなによ。いじめがあったから通報しただけじゃない」

「そうなの。ならウチ達も悪口を聞いたから通報しただけ」

「そんなことしてない!」

「いーえ、したのよ。昨日の帰り……篠原さんに『ブス』だとか『バカ』だとか……」

 話にならない。こんなの、逆恨みじゃない。

「それなら、私もめぐみちゃんも、森さんのことも、通報するよ」

 精一杯声を振り絞って、反抗する。だって悔しいじゃない。

 私、間違ったことしてた?

 色々な想いが溢れて、涙が一筋流れた。

 それを見て、三人は爆笑する。
 若乃さんはお腹を抱える動作をしながら話した。

「あんたさー、何も知らないんだね。今日、通報が承認された時点で負けてるんだよ」

 負け? 承認……?
 いったいなにを言ってるの……?

 頭が痛い。今すぐここから逃げ出したい。
 森さんが私の肩を勢いよく押した。

「これで終わると思うなよ!」

 私は押された勢いそのままに、怖くて三人から逃げてしまった――