「何を仰るんですか。聖騎士の死者を出さなかったアシュトラン殿は大変ご立派ですよ。魔物の多いこの地域で死霊が現れるなんてイレギュラーです。聡明な判断がなければ死者が出ていたかもしれません。呪いのせいですべてが後ろ向きに思えてしまうのかもしれませんが、どうか気を確かに。あなたがスピナに赴任されて一年経ちますが、その間スピナの住人は一度も魔物に襲われずに済んでいます。大変素晴らしいことです」
 ヘイリーは「今はゆっくり休んでください。いずれ聖力のある司教が来ますから」と言い残すと、バスケットを手にして帰っていった。


(ゆっくり、か……)
 クロウはヘイリーがいなくなった廊下を見つめながら、額に手をやると前髪を掻き上げた。

 正直、ゆっくりしている暇はあまりない。この辺境地に来て一年――もう一年も経ってしまっている。心の中では日増しに焦りが募っている。
(早くこの任務を終えて戻らなくては……陛下の命で潜入しているが時間が掛かりすぎている)

 溜め息を吐くと、クロウは弾丸の装填が途中までだったことを思い出し、黙々とピストルに弾丸を詰め始める。
 クロウが聖騎士団に所属している本当の理由、それは彼が信仰心に厚いわけでも噂にある戦闘狂だからでもない。

 教会内部に潜り込み、腐敗の実態を暴く証拠集めのため、ひいてはこのアスティカル聖国の国王・ウィリアムの密命を受けてのことだった。