これほど心に染みるご飯を食べたのはいつぶりだろう。

 伯爵家に生まれて何の苦労もせずに生きてきたと思われがちだがそれは違う。アシュトラン家の家庭環境は最悪も最悪だった。愛人に溺れる父と嫉妬に狂う母。居心地の悪い邸で食べる食事は砂を噛むようなものだった。
(そう言えば教会本部で一度、洋梨のタルトを食べたことがあったが……今みたいに美味かったな)

 あれは丁度半年前、教会本部へ招集された時だった。あの時は突然招集を掛けられて不眠不休で要塞から教会本部へ向かったため、何かを食べる余裕もなかった。なんとか時間には間に合ったが、目的の会議場まで辿り着けず困り果てていると、籠を提げた、素朴な少女がこちらに気がついて話し掛けてくれた。

 事情を説明すると彼女は行き先が同じだと言って道を案内してくれた。
 何をしに行くのか尋ねると、聖女のために焼いた洋梨のタルトを届けに行くのだという。そして何を思ったのか、彼女は味見と称して一切れ分けてくれた。
 最初は丁重に断ったが、しっとりとした梨とアーモンドが香るタルトを目の前にして、空きっ腹をこれ以上我慢させることはできなかった。

 行儀は悪いが立ち止まって一切れ食べると、それは大変美味だった。
 コンポートされた梨は舌の上で蕩けるように甘く、タルト生地のアーモンドのほろほろとした食感とよく合っている。梨は聖国で食べられる定番フルーツの一つなので、もちろんそれを使ったお菓子は伯爵家でも出されたことはあるし、食べたこともある。

 それなのに今までにないくらい感動したのは初めてだった。