自分の周りにはいつもアクアやヴェント、イグニスがいる。他の妖精も困っていたら無条件で力を貸してくれる。都会も田舎も関係なく、彼らは愛し子のためならどんな場所にだって現れる。
 だが、ドロテアはどうだっただろう。彼女はいつも金平糖を窓の外へ撒いていた。
 それを妖精に手渡ししているところも彼らと話しているところもリズはこれまで一度も見たことがなかった。当時は妖精の姿を見る力はなかったが、ドロテアがもし妖精と話していたならその姿を目撃してもおかしくはなかったはずだ。彼女とは同じ邸で一緒に暮らしていたから。
 そうなるとドロテアはリズを引き取った時点で既に、愛し子としての力はなかったのだと予測が立つ。

 図星を言い当てられてドロテアの顔つきがさらに険しくなった。
「現実を受け入れましょう。私を殺したところで次の聖女がいつかはまた現れます。その度に同じ過ちを繰り返すのですか?」
「なんて小癪なのかしら。やっぱり、あんたなんて引き取らなければ良かったわ!!」
 柳眉を逆立てるドロテアは斧を両手で握り締めて構えると、こちらに向かって走ってくる。
 リズはここで死ぬつもりはもちろんない。斧で殺されるよりも滝壺に落ちる方に命を掛ける。
 するとどこからともなく抑揚のある音が微かに聞こえてきた。その音を聞いたリズは弾かれたようにドロテアに背を向けると躊躇することなく、崖から飛び降りた。