ドロテアは勢いよく斧を振り下ろした。
 リズは身体を奮い立たせると転がるようにして斧から身を躱した。それから立ち上がると、前のめりになりながらも扉に体当たりして外へ出る。
 周りの景色を確認したが、森の中というだけでここがどこなのか分からない。

 妖精に遭遇してもおかしくない場所なのに、周りには一人も妖精が飛んでいない。
(叔母様が言っていたとおり、この鎖は妖精を寄せ付けない。これを外さない限り、助けてもらえないということですね)
 だが、鎖には鍵が掛かっていて解錠しない限りは外せない仕様になっている。

「逃げるなんていけない子ね」
 小屋から出てきたドロテアは凄まじい形相でこちらを睨めつけている。
 リズは脇目も振らずに走った。知らない小屋に連れ込まれたので自分がどこにいてどの方角へ向かって走っているのか分からない。後ろをちらりと振り返ると、斧を握り締めるドロテア。
 その後ろには見慣れた風景――スピナの町並みが木々の間から垣間見えた。
(私を連れ込んだ小屋は要塞とソルマーニ教会の間にあったのですね)
 折り悪く、リズは町がある反対方向へと走ってしまっていた。


 これでは助けを求められない。したがって、取れる手段はただ一つ。
 ドロテアから距離を取り、どこか隠れられそうな場所に隠れてやり過ごす。
 リズは一心不乱に走り続けた。後ろから追いかけてくるドロテアとの距離は徐々に開いていく。
(良い調子です。あとは隠れられる場所を見つけさえすれば……)
 肩で息をしながら必死に走っていると突然樹木が途切れて視界が拓けた。

「……え」
 その先はついに行き止まりで、側を流れていた川の水が音を立てて流れ落ちていく。恐る恐る下を覗き込むと十数メートルの滝ができていて、その下は滝壺となっている。