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「ほら、さっさと歩けこのノロマ!」
 厳しい罵声を浴びせられながら、リズはのろのろと山を登っていた。手の拘束は手枷から縄になり、相変わらず自由はない。


 評議会から裁きが下った後、囚人用の箱馬車に乗せられて数日が経ち、漸く降ろされた場所は見知らぬ山の麓だった。
 それから看守に連れられてずっと山登りをさせられている。

 地下牢に投獄されてからというもの、ろくに何も食べていない。空腹で足に力が入らず、ふらつくのでその度にさげすいた言葉を浴びせられる。
 しかしどんな言葉を浴びせられようと、今のリズには響かなかった。

 もう心身共にへとへとで看守の言葉を受け止める余裕がない。
 俯いて足場を確かめながら登り進めていると、漸く前を歩く看守の歩みが止まった。

「ほら、着いたぞ。ここから先が妖精界への入り口だ」
 焦点の合わない目で前を見ると、その先にあるのは切り立った崖だった。

 眼下には鬱蒼とした樹海が一面に広がっている。もし奇跡的に助かったとしても、きっと樹海から出ることは敵わない。
 疲れ切っているリズの意識はぼんやりとしていて、早く横になって休みたいという気持ちでいっぱいだった。

「ここからはおまえが先に歩け」

 看守に言われるがまま、崖の上を歩かされる。崖は先端へ進むにつれて道幅が狭くなり、そこで漸く焦点の合っていなかった視界が鮮明になる。

 そして、一番端まで辿り着いて意識がはっきりとした途端、恐怖が心を支配して身が竦んだ。

(ここから飛び降りるなんてそんなの絶対無理です。できません!)
 身体は小刻みに震えて、足は一歩も動かない。