午後11時、蝶にかける願い

 「先輩、遅れますよ」
 涼香はたくさんの教科書が入ったトートバッグを抱えて玄関で祐弥を待っている。
 この日の講義は午後からだが、祐弥はまだ準備ができていない様子である。
 「早く行かないと先に行っちゃいますよ、後で鍵閉めてきてくださいね」
 奥の部屋から少し慌てたような声が聞こえる。
 「ちょっと待ってー、すぐ行くから」
 玄関に置きかけた鍵を持ち直した涼香は、もう少し待つことにした。
 「よし、お待たせ」
 シャツを羽織った涼しげな祐弥の姿に、涼香はドキッとした。
 「……行きましょうか。あっ、先輩、忘れ物はしてないですか?」
 祐弥はリュックを覗いたが、
 「あ、一個忘れてた」
 と言い、二人の目線が合う。
 「俺のこと、先輩じゃなくて祐弥って呼んで。タメ口で話して」
 「えっ…あの、ちょっと慣れないので、あ、いや……」
 涼香の頬が赤くなる。
 「祐弥くん……じゃだめ、かな……?」
 祐弥は彼女の眼鏡の奥の純粋な瞳に引き込まれた。
 (可愛すぎだろ……)
 「いいよ、すずちゃん。早く大学行こ、遅れる!」
 腕時計を見た涼香は「あっ」と声を出して、勢いよくドアを開けた。
 「急げ〜!」
 二人の手はぎゅっと握られている。