君の甘さには敵わない。

(何なのもう…)


颯さんと千晶さんはまだしも、どうしてこの男が結婚にこだわるのか理解不能だ。


「…取り敢えず、手伝わないならあっち行って。とにかく邪魔しないで、話し掛けないで」


私は大きく溜め息をつき、お皿に付いた泡を落とす事のみに集中する。



それからすぐにカウンターから瑛人の気配が消え、ようやく邪魔者が居なくなった…、と安堵したのも束の間。




「手伝うって言えば、此処に居ていいって事だよね?」




耳元で砂糖のように甘い囁き声がしたと思ったら、背後から私の濡れた手が優しく掴まれた。


「…ん!?」



瞬間、びくりと身体が反応する。


何だ何だ、何が起こっているんだ。


(これ誰?千晶さん?)


誰の声かも分からない程気が動転した私の耳が捉えたのは、






「ずーっとただの幼馴染みやるの、そろそろ疲れてきちゃったんだけど?」






紛れもない、瑛人の声だった。



「瑛人、…?」


後ろに立っているのは瑛人だと脳が自覚し始めたのに、彼の纏う雰囲気はいつもとまるで違う。


「だーいすきな七瀬ちゃんが此処で同居するって知ってさ、のこのこ家に帰れるわけなくない?…まあ、家出してるのは事実だけど」


彼の言葉は溢れそうな程の愛を含んでいて、何処か冗談めかしていて、そして、触ったら壊れそうな程の脆さを持ち合わせていた。