翌朝、幸枝は少しばかりの朝食を食べた後に荷物を(まと)め、院長と志津とともに隣の医院へ向かった。
 「お早う、伊坂さんの様子はどうかな。変わりは無かったか」
 白衣を着て診察室を出てきた院長は当直明けの看護婦に義雄の様子を尋ねているようだ。
 幸枝は待合室に座っていたが、暫くすると看護婦が彼女を呼びに来た。
 「病室へどうぞ」
 昨日見た時にはスヤスヤと眠っていた兄が、今日は朝日に照らされる病室で一人身体を起こしている。
 看護婦は幸枝と入れ替わるように病室を出ていった。
 「お兄さま……大丈夫なの?何があったの?」
 幸枝はベッドの横に座るや否や兄の手を握り問い詰めた。
 「突然病院から……しかも牛込から電話が来て、それはもう驚いたのよ」
 「体調は何ともない。心配を掛けて申し訳ないな……昨晩はこちらに居てくれたのだろう、感謝するよ」
 兄は幾らか痩せたように見えるが、その笑顔には生気が宿っている。
 「もう……お兄さまったら、無理をしたのでしょう。またどうしてこんな所に……」
 「こんな所とは、また酷い物言いだな。僕の命を救ってもらったというのに」
 幸枝は誤解した兄にふるふると首を横に振って見せた。
 「病院じゃなくて、地区よ。牛込……お兄さまは何故此処へ?普段は机につきっきりで製図じゃないの」
 義雄は困った表情を浮かべている。
 「そのことなんだが……この病院の目の前の通りがあるだろう」
 「ええ」
 「あれをこっち側に歩いていくと陸経があるんだ」
 兄は窓のあるほうを指差した。
 「お兄さま……まさか」