風呂上がりで身体の温まった幸枝は、志津の父と入れ替わり居間に戻る。
 あの志津の沈んだような表情を見て自分が下手に干渉するのは無作法ではないか、客人らしく静かに座って食事を待つべきなのではないかとも思ったが、やはり幸枝は居ても立ってもいられず、台所へ向かった。
 火の加減を見たり、食材を切ったりと忙しそうな様子の志津の後ろ姿が、どうにも寂しいものに見えてたまらない。
 「あの……何かお手伝いできることはあるかしら」
 「もうすぐ出来上がりますので、居間でお待ちください」
 志津は幸枝と目を合わせてそう言ったが、対する幸枝の視線が彼女を離さなかった。
 「ねえ……あなた確か、志津さんとおっしゃるのよね。お父様から伺ったわ……」
 (まあ、お父さんは一体どんな話をなさったのかしら……伊坂さんの様子からして、良い話ではない筈ね)
 幸枝の表情から話の内容を探った志津は、
 「うちの父ときたら、時々変な話をするんです。ご迷惑をお掛けしました」
 と笑って見せた。
 しかしその目は笑っていない。
 「ねえ、志津さん。私も同じよ……厳密には違うけれど。私も、幼い時に母が家を出て、それからは父と女中に育てられたの。志津さんとは事情が違うけれど、分かる話だわ」
 (その事情とやらは、全く私のとは違うわよ……だって伊坂さん、あなたは母の存在を知っているじゃありませんか)
 食材を切る手を止めた志津は、全く何も言わなかったが、心の中ではそう言っていた。
 「……辛いことがあっても言えないでしょう、病院であんなに気丈に振舞っていらっしゃるんだもの。あなたが私と時を共にするのも今日限り、話したいことがあれば吐き出したほうが心が軽くなるわよ」