老人は崩れた表情でケタケタと笑う。
 「そうだなあ、あの()にもこんなに小さくてまるまるとしていたときがあったなあ……こうやって抱いてやるとな、いつも笑っていて、そのときのぷくりとしたほっぺが可愛かったもんだ」
 赤子を抱える仕草をした彼の顔は、まさに父の顔であった。幸せそうな老人であったが、その笑みはすぐに消えた。
 「それがなあ、あの日から志津には大変な思いをさせ続けて……不憫な()だよ、あれは。物心付く前に母親に先立たれ、結婚もさせてやれず……すまないな、客人にこんな話をしてしまうとは。私も頭が弱ったな」
 力なく笑う老人であったが、幸枝は彼女──志津と似た身の上だと感じていた。
 「そんなことがあるものですか、先生。先生も志津さんも、とっても素敵なかたですわ」
 「そう言っていただけるとあの子の母親も喜ぶでしょうなあ」
 老人の口ぶりからして、おそらく母親は娘に知られることなく他界したのだろうと幸枝は推測した。同情しようにも、あまりの不憫さに幸枝はついに何も言えなくなってしまった。
 「お父さん、お風呂どうぞ」
 居間に戻ってきた志津が父に告げる。
 「いやいや、今日はお客さんがいるのだから。お嬢さんを先に」
 「恐れ入ります……では、お言葉に甘えてお先に失礼します」
 幸枝は風呂敷の中から自分の着替えを出して浴室へ向かった。
 「お待たせしてしまって申し訳ございません……これから直ぐに御夕飯も支度しますから」
 「いいえ……私こそ、突然でしたのに泊めていただいて……もしよろしければ、ご飯の支度を手伝わせていただけないかしら。刃物や火の扱いは出来ないけれど、盛り付けや配膳くらいなら」
 志津はさらに申し訳ないような表情をしている。
 「……お風呂、お先にいただきますね」