三羽雀

 どこか恥ずかしくなった春子は、頬に手の甲を当てて熱さを覚ますようにしながら先へ先へと早足で歩いていった。勝俊もすかさずその後を追う。
 春子も突然のことで驚いていたが、それよりも勝俊の方が緊張していた。自分だけが春子に積極的なのはよく分かっているし、常に紳士的に振る舞わなければならないと思っていた節があった。
 春子が女子大学校に通っているということから、それなりの家の令嬢であることは簡単に想像がつく。無論、勝俊も幼い頃から音楽に関しては英才教育を受けて官立大学に通っているのだから所謂(いわゆる)エリートの人間である。だからこそ、立場を弁えた行動を取らなければならないと気を張っていた。
 勝俊には、ひとつ気になることがあった。それは、春子が全く笑顔を見せないということである。これまで何度か春子に会ってきたが、彼女は一度も勝俊に笑顔を見せていない。それどころか、思い悩むような表情ばかりである。春子に心から慕う人のいることなどつゆ知らない勝俊にとっては、その表情は美しく見えてならなかった。話しながら帰り道を並んで歩くのも嬉しいことではあったが、やはり春子はいつもの表情なのである。
 やはり何か悩みでもあるのだろうかとその顔を覗こうとした勝俊の目には、瞬く間に近づいてきた自転車が映った。勝俊は次の瞬間、何も考えず、春子の華奢(きゃしゃ)な身体を目一杯自分の体に引き付けていたのである。