女中から受け取った風呂敷を片手に抱えた幸枝は、電気の落ちた病院の隣にある家へ入った。
 屋敷と言うには小さすぎるが、家屋と言うにはやや大きい。やはり医者という職業ゆえであろうか。
 「お邪魔いたします」
 「お客さんなんだから、そう(かしこ)まらずとも楽に過ごしてくださいな」
 「はあ、有難うございます」
 囲炉裏のある居間は四人も入ればあっという間に窮屈になりそうな部屋だが、荷物が少ないのか、あるいは整頓されているのか、見た目には余裕がある。
 「お風呂と御夕飯の支度をしますね。お父さん、少し待ってて」
 水の入った急須を囲炉裏に置いた女性は、いそいそと(たすき)を結びながら居間を出る。この家では家事全般を彼女がしているらしい。
 右隣に座っている彼女の父も診察室で白衣を着ていれば腕利の医者であるが、白衣を脱ぐと途端に気の抜けたような老人にしか見えなかった。
 幸枝は改めてこの小さな居間をぐるりと見渡した。和室の少ない我が家では感じられない、温もりや懐かしさを感じる。
 ふと、箪笥(たんす)の上に置かれた三枚の写真が目に入った。
 一枚は夫婦の写真、もう一枚は幼い子供の写真、そして一人の青年の写真が並んでいる。
 (あの燕尾服のが院長かしらね、座った方の女性は……あの受付の娘さんではないわ。きっとあの子供の方が娘さんで、その横の写真は、若かりし頃の院長……というには無理があるわね、最初の写真と顔が違いすぎる)
 「写真が気になりますか」
 「あら……あのお嬢さんの写真が可愛らしくて見惚れてしまいましたわ」