『高田内科醫院』の看板が見えたところで自動車は停まる。
 (分かってはいたけれど、なかなかの値段ね……)
 メーターに表示された金額の倍を計算して紙幣を数枚出した幸枝は、
 「お釣りは結構よ」
 と言い残して降車した。
 遠くなるエンジン音を他所に、幸枝は病院へ入る。
 「お電話を頂きました伊坂工業の者ですが、伊坂義雄は」
 受付らしき窓口には、大人びた女性が一人、書き作業をしている。
 電話を掛けたのはまさしくこの人物で、
 「ご足労いただき有難うございます……それからご連絡が遅くなってしまい大変申し訳ございませんでした。お荷物を整理するまでご連絡先が見つからず、治療に専念するほかない状況でしたので」
 と説明した。
 「ご連絡を頂けただけでも大変有難いですわ」
 皮肉めかしく言い放った幸枝を前に女性は目を細めたが、律儀に「離席中」と書いた札を机上に置いて受付を出た。
 「三十分ほど前にお休みになられましたところです。一度病室へご案内いたします、こちらへ」
 小さな医院なのだろうか、受付も病室も、全てが窮屈に感じるような部屋である。
 四つのベッドが並ぶ病室に案内された幸枝は、窓際に兄の姿を見つけ駆け寄った。
 「お兄さま……」
 静かに眠っている兄の顔は僅かに生気が欠けているようにも見える。
 幸枝は掛け布団を少しだけ上げて、手を離した。
 (こんなところで病院に運ばれるだなんて……まさか今日もあの件だったのかしら。お互い秘密にしようと言った私が馬鹿だったわね……)
 ある日の自身の言動を悔いながらも、妹は兄の手を握っている。
 「失礼いたします、院長から詳細な説明を差し上げますので、診察室までお越しいただけますか」
 「ええ」
 受付の女性に呼ばれた幸枝は眠る兄を後に診察室へと向かった。