「区域と時間は私が指定するが、そのほかは全て君の裁量だ。服装を変えても良いし、区域周辺であれば行先やどのようにして封筒を手渡すかは君に任せる……当然、君については私の可能な範囲で便宜を図る。どうだ……頼まれてくれるか」
 津田は二つ返事で了承した。
 「当然、勿論です」
 「そうか、頼んだぞ」
 そして主計中佐と握手を交わして今、この市電に揺られているのだ。
 「……さん、津田さん」
 津田は隣の幸枝がつついたのでハッとした。
 「次の停留所で降りますので……ごめんください」
 「ああ」
 市電が停まると、幸枝は雑踏の中に消えていった。
 カツカツというヒールの足音だけが頭の中に残っている。
 (これで終わりか……)
 窓の外の景色が再び流れ始めた。
 この街には冷たい風が容赦なく吹き付けているが、市民は何か熱を帯びているように感じられる。
 彼女は無事に本業に戻っただろうか。
 一体何故彼女はこんな危険な仕事をしているのだろう、伊坂家には長男がいるはずだが……。
 その素性を知っているとはいえ、伊坂幸枝は不思議な人物である。
 あの仕草に、あの目線に、全てに意味が含まれているような気がしてならない。
 間も無くして津田も市電を降りた。