急ぐ手つきでホルンを片づけた勝俊が、春子の方へ歩み寄る。
「送っていただかなくても、近くなので結構です」
「女性を一人で歩かせる訳にはいきませんよ。どうか、少しだけでも」
勝俊はゆっくりと歩き始めた。春子もそれについて行くように小さく足を出す。
「今度、僕の家に遊びに来ませんか。実は僕、ピアノも弾くんですよ。春子さんに何曲か弾いて差し上げます」
春子は何も言わなかった。ただ、夕日に照らされて浮かぶ自身の長い影を見ながら歩く。
もし今隣を歩いている詰襟の学生が清士だったら、私はどんなに嬉しいだろうかと考えている。勝俊と自分が出会ったように、道端や公園で、何の前触れもなく二人で会うことができたら、私はきっともうそれで胸がいっぱいになってしまうほど幸せになるのだろうと思う。
「危ない──」
想像に入り浸っていた春子の背に緩い風が走った。何が起きたのか分からなかったが、ギュウと閉じた目をゆっくりと開いても辺りは真っ暗で少し温かいような、そして息苦しいような感触がある。
実際は春子と勝俊が歩いているところに、一台の自転車がスウっと通り抜けたのだが、それに気づかず避ける様子のない春子を勝俊が抱き寄せたのであった。
「春子さん、お怪我はありませんか」
頭上から降ってきた優しい声を聴いて、春子はその場から一歩引いた。突然のことに顔は熱ったようで、固く結んだ唇は軽く震え、伏し目の目元は潤んでいる。
「大丈夫です」
「送っていただかなくても、近くなので結構です」
「女性を一人で歩かせる訳にはいきませんよ。どうか、少しだけでも」
勝俊はゆっくりと歩き始めた。春子もそれについて行くように小さく足を出す。
「今度、僕の家に遊びに来ませんか。実は僕、ピアノも弾くんですよ。春子さんに何曲か弾いて差し上げます」
春子は何も言わなかった。ただ、夕日に照らされて浮かぶ自身の長い影を見ながら歩く。
もし今隣を歩いている詰襟の学生が清士だったら、私はどんなに嬉しいだろうかと考えている。勝俊と自分が出会ったように、道端や公園で、何の前触れもなく二人で会うことができたら、私はきっともうそれで胸がいっぱいになってしまうほど幸せになるのだろうと思う。
「危ない──」
想像に入り浸っていた春子の背に緩い風が走った。何が起きたのか分からなかったが、ギュウと閉じた目をゆっくりと開いても辺りは真っ暗で少し温かいような、そして息苦しいような感触がある。
実際は春子と勝俊が歩いているところに、一台の自転車がスウっと通り抜けたのだが、それに気づかず避ける様子のない春子を勝俊が抱き寄せたのであった。
「春子さん、お怪我はありませんか」
頭上から降ってきた優しい声を聴いて、春子はその場から一歩引いた。突然のことに顔は熱ったようで、固く結んだ唇は軽く震え、伏し目の目元は潤んでいる。
「大丈夫です」



