年の瀬が近づく帝都は、一年の締めくくりの忙しさと戦争の熱狂が混ざり合ったような、なんとも言えない活気で溢れている。
 ふうっと立ち(のぼ)る吐息は真っ白に染まる。
 (早くいらっしゃると助かるのだけれど……寒くて待てたものじゃあないわ)
 市電の停留場を前に大通りの端で「担当者」を待つ幸枝は、(かじか)んだ手を擦り合わせて温めている。
 (軍人は良い意味でも悪い意味でも時間に正確なのかしら)
 つい先週会った主計中佐がまさにそうである。
 まるで狙っていたかのように、時計の長針が真上を指した途端に現れた。
 この日の「担当者」もまた、予告した時間丁度にその場に着くように移動していた。
 細やかな装飾の施されたビルが立ち並ぶ銀座の街は、まるでそこが異国であるかのように思わせる。
 「担当者」はそんな景色を眺めながら、停留場に降り立った。
 (小柄で断髪、左目に泣き黒子(ぼくろ)のモガ……何処だ)
 上官から伝えられた相手の特徴を思い出しながら辺りを見渡す彼は、周囲からの視線に気がついていない。
 180センチメートルはあろう長身で、厚手の上衣からでも分かる屈強な身体にその場の女性達は目を奪われている。
 (あの軍人、私の方を見ている……?)
 視線を感じた幸枝は、首を大きく右に傾げて見せた。真っ直ぐに切り揃えられた髪が揺れる。
 向こう側にいる軍人は確信を持ったのか、脇目も振らず彼女の方へ歩いて来た。
 「……やあ。十二時三十分、銀座の市電停留場前で相違無いかな」
 「はあ」
 軍人はにっこりと笑って白い革手袋を外した手を差し出す。
 「良かった……私は海軍少尉の津田だ。どうぞよろしく……伊坂さん」
 「どうも」
 柔らかな握手を交わした津田は手袋を嵌め直して歩き出した。
 「さあ、行きましょう」