「担当の者は(あらかじ)め君についてのある程度の情報を把握しているので心配は無用だ、今日のように視線を交わすなり何らかの意思疎通をすることで我々は君の存在を確認し誘導する。君は黙ってその日の担当者の後ろを着いて行けばそれで良い」
 男の回答を聞いた幸枝は、何故か俯いてしまった。
 (私について把握している……?それに、黙って後ろに居れば良いだなんて……)
 男は幸枝を完全に見下し、もはや横着な女だと思ってさえいる。
 「我々は帝国海軍だ。一臣民の……いや、その中でも特に目立つ人間の情報など直ぐに得られる」
 「……」
 得体の知れない不快感が腹の底からモクモクと上がってくる。
 目前の男の目の奥では相変わらずギロリとした視線がこちらに向いている。
 幸枝は一呼吸置いて、最後の質問をした。
 「最後の質問です。この件の責任者は貴方でお間違いありませんね」
 「……君がこれから会う人間の中では私が最も責任の重い人間になるだろうな」
 男は敢えて回りくどい話し方をした。
 「君が私に会うのは今日が最初で最後だ……最後に私の階級だけ伝えておこう。私の階級は、主計中佐だ」
 「お名前は教えていただけないのですね、やはり」
 ふいっと向こう側を向いた幸枝であったが、主計中佐は軍帽を被って最後に付け加えた。
 「……本件は決して簡単でも、安全でもない。代表もそれを御存知の上で君を任命された(はず)だ……私としてはこのような危険な仕事は男がやるべきだと思うが……君は既に我が軍の、そしてこの帝国の命運の一端を担っている。君の身に危険が及ばぬように最大の配慮を尽くすが、我々としても有事に対応できるよう担当には選りすぐりの者たちを指定してあるから、君は君自身の役割に集中してくれ。それから店を出るのは五分以上経ってからにするように」
 そう言い残して机上に二人分の代金を置いた主計中佐は茶屋を後にした。
 幸枝はひとり腕時計の時計板を見続けている。