壁掛け時計の時報が鳴った。昼休憩まであと一時間。
 手を前に出して伸びをした幸枝は、もうひと頑張りとタイプに紙を配置する。
 「幸枝ちゃん、製図部の伊坂さんがお呼びよ」
 「あら……ありがとうございます。少し席を外しますわ」
 先輩の女性社員に伝えられ部屋の外を見ると、義雄が手招きをしていた。
 ジャケットを羽織った幸枝は兄に用件を尋ねる。
 「一体どうしたの」
 「父さんから頼まれて」
 仕事場を出た彼女は父の部屋のある上階へ向かう。
 「今朝の件ね」
 兄の身体に顔を近づけた幸枝は声を潜めて話す。
 「……お兄さまも一緒に呼ばれたの?」
 「いや、僕は今しがた話を聞いてきたところだ」
 「そう……じゃあ行ってくるわ」
 兄と分かれた幸枝は廊下を進み、荘厳な扉の前に立って一呼吸する。
 父とはいえど、会社で会って、更に重要な話をされるとなると緊張するものだ。
 幸枝は静かに二回ノックした。
 「どうぞ」
 キイと音を立てたドアの先には父が煙草と新聞を持って座っている。
 今朝同じ格好の父を見たはずが全くの別人に見えるのはこの格式ある部屋の所為だろうか。
 「おお、幸枝か、掛けなさい」
 「ええ、お兄さまからお父様がお呼びだと……」
 新聞を畳んだ父は大きく頷いた。
 「ああ、そうだ」
 「今朝の件ですね」
 「お前は察しが鋭いな。流石は私の娘だ」
 父の笑いはどこか乾いている。
 「お兄さまの時と一緒にお話ししてくだすってもよかったのに、何故別々に?」
 困ったような顔を浮かべた父は、話を始める。
 「今朝、陸軍と海軍から個別に話があったと伝えたな」
 「ええ」
 「……それが、両方から内密にと指示されているのだよ」