兄妹は一体どんな話だろうと思いながら父の話を聴く。
 「この話は会社でしようと思っていたが……今話そう」
 「何か重要な話ですか」
 やや緊張した息子を落ち着けるように、父はゆっくりと話した。
 「……間も無く米英との戦争が始まるかもしれん」
 幸枝と義雄は顔を見合わせた。
 (遂に始まるのか)
 (とうとう来たわね……)
 「私たちはもっと働かねばならん」
 「勿論です」
 「ええ」
 そして父は食事を再開した。
 「……父さん、それにしてもどうしてそんなことを」
 「軍から仕事が入っている……まあ表立っては出来ない仕事だが。どのみちこの件はお前達が担当する。詳しい話は会社でするとして、今は手短に話そう」
 二人はどのような仕事を受け持つのか、見当すらつかなかった。義雄は工学の知識があるため製図部の所属であり、また幸枝はタイプライターを打ち続ける書類仕事や事務作業が本業だ。
 父によれば、仕事の内容は極めて単純だという。
 「陸軍と海軍から個別に話があってだな、内容は同じだが……うちに生産に関する情報を手渡したいとのことだ。そしてその受け渡しは軍の担当者とお前達の間で行われる」
 「何故うちなのかしら……他にも山ほど同じような企業があるじゃあないの」
 「我が社の製品の質を見込んでとのことだ」
 幸枝の頭の中にはいくつもの疑問が浮かび上がっていた。
 伊坂工業が選ばれたとしても、担当者が自分たちになるということが更に理解できない。
 「良いか、私は義雄と幸枝、お前達二人を一番に信頼している……正直なところこの仕事はそう甘くない……詳細は担当の士官から聞かされると思うが、どうかお前達には私の右腕となり左腕となり、我が社のために尽力してもらいたい」
 食卓に複雑な空気が流れる。
 「また会社で話そう」
 父は家族の中でいつも一番に家を出て会社へ向かう。
 (しばら)く経たないうちに、兄妹も出社するのであった。