「姉さん、お早う!」
 幸枝の挨拶が聞こえていなかったかのように無視する継母の隣に立っている昭二は、彼女とは打って変わって朗らかな表情である。
 「紹子(しょうこ)さんとお(りょう)さんも、お早う」
 「御早う御座います、お嬢様」
 炊事をする二人の女中にも挨拶をした幸枝は、台所へ入り、
 「運ぶわよ」
 とこれから食卓に並ぶ皿を手に取る。
 「いつもいつもすみません」
 「いいのよ、いつも美味しいご飯を有難うね」
 二人分の皿を持った幸枝は食堂へと向かう。
 先ほどまで新聞を読んでいた父はそれを畳んで机の脇に置いた。
 「千代子と昭二は」
 父は幸枝が食卓を並べ始めると、いつも声を(ひそ)めてそう尋ねる。
 「お呼びしますか」
 「……いや、いいんだ」
 煙草の火を消した父は咳払いをして座り直す。
 幸枝は台所へナイフとフォークを取りに行く(つい)でに継母に声を掛けた。
 「お継母様、お食事は」
 「和室で頂くわ」
 毎朝、否、毎食こうである。
 この家には食卓が三つある。一つは父と兄妹の食卓、もう一つは女中の食卓、そして母子の食卓だ。
 「お継母様たちの分を和室にお運びしたら、お二人もあがって」
 女中にそう告げた幸枝は食器を持って炊事場を出て食卓にひとつひとつ並べる。
 『本日、帝国海軍は……』
 ラジオ放送を後ろに伊坂家の朝食が始まる。
 無駄に大きい長方形の食卓の端に、父を挟んで兄妹が向かい合わせに座った。
 「お父様、今日は(いや)にお静かですね」
 父は食事の手を止めてナイフとフォークを置いた。
 「義雄、幸枝……これから更に忙しくなるぞ」