幸枝の後を追って急ぎ席を立った清士は、制帽を被りながら喫茶店を出る。
 「思いの外話し込んだわね」
 「ああ、もうすっかり暗いな……近くまでお送りしましょう」
 ふるふると首を横に振った幸枝の髪が揺れる。
 「御気持だけでも嬉しいわ、成田さんも門限があるでしょう。お気をつけて」
 そう言って彼女は雑踏の中へと消えていった。
 清士はまたしても一人取り残されたままである。
 一体彼女は何者なのか。
 大企業の令嬢という身分は明確であるが、彼女の思考も思想も、そして感情さえも、全ては霧に包まれたように不透明である。
 心の奥底まで見透かすような鋭い眼光と挑戦的な口調に時折出る何かを達観したような言葉。そして彼女がよく見せる不敵な笑み。
 彼にとっては彼女の全てが謎そのものであった。