幸枝は陽が傾き始めると浅草へ向かう。それも、毎日のように。
 日々煌びやかな洋服に身を包み軽快な足取りでこの地を訪れる彼女は、繁華街の言わずと知れた注目の的でもあった。
 男も女も、そこらの舞台女優は凌駕するほどの彼女の美貌に目を奪われ、また颯爽と路地を闊歩するその姿に憧れを抱いている。
 道端に立っていると、
 「お嬢さん、今から一緒に一幕どうですか」
 と言ってソフトを片手にやってきた男が彼女に舞台の切符を差し出すようなことも少なくはない。
 そうすると少女は、
 「お気持ちは嬉しいですけれども、待人が居りますので」
 と申し訳なさを見せながら微笑む。
 またある時は舞台の客引きがやって来て、
 「お姉さん、今日は良い席が用意出来てるよ!来てくれないかい」
 と自身の働く劇場の方角を指差す。
 舞台やレヴューの人間となると名前は知らずとも顔見知で、やや馴れ馴れしく彼女に接する者や、反対に彼女が親しいように振舞う者もいる。
 「明日行こうかしら」
 「おっ、今日は何処かもう決まっているのかい?」
 「ええ、決まっているじゃない」
 幸枝の視線の先には映画館がある。
 「シルヴァーフォックスには勝てないか……また今度うちの劇場に来てくれたら安くするよ」
 「勿論よ、近いうちにね」
 そして客引きは去っていく。
 「シルヴァーフォックス」は銀幕を席捲(せっけん)した俳優の別名である。
 多くの女性がその人物に心酔したが、幸枝もその一人、例の二枚目俳優である。
 そして彼女は今日も彼の出演する映画を見るべく行きつけの映画館へ歩みを進めるのだ。