「父さん、母さん。少し、春子さんと二人にしてくれませんか」
 勝俊と春子だけになった玄関には、どこかぽっかりと寂しいような空間が広がる。
 「春子……さん」
 「はい」
 すぐ近くまで春子を呼び寄せた勝俊は、春子の小さな手を優しく握った。
 「僕はおそらく戸山ではなくてどこか別の戦地へ征く。それでも……必ず帰ってくるから待っていてくれ」
 勝俊は軍楽生徒として戸山学校軍楽隊に入隊できるほどの成績はなかったが、義父の口添えを借りて外地の軍楽隊に入るつもりでいた。
 「ええ」
 春子は勝俊の襟を整えながら話した。
 「時々お手紙を差し上げますから、お暇があればお返事をください」
 「ああ、必ず返信するよ」
 勝俊は春子の目を真っ直ぐに見た。
 春子もその視線を目に焼き付けるように見返した。
 「もうそろそろ時間かな」
 両親と妻を前に、勝俊は深々と礼をした。
 「いってまいります」
 三人は何も言わず、ただその背中を見つめていた。