「もうここまで来てしまったのです、今更お断りすることなどできるでしょうか」
 「僕は春子さんの気が進まないのなら断ってくれてもいいと考えているが……どうやら僕の両親も、春子さんの御両親も、そうは考えていないようだ」
 春子は白い花の咲く地面を見ながら話す。
 「もうお断りできません、両家の体裁のためにも……」
 「君はそれで良いのかい」
 「良いも悪いもありません。お父様やお母様からしたら、私の感情は二の次……所詮そんなものです。好きな人に添うこともできず……」
 縁談相手の目の前で清士のことを思い出した春子は、ハッとした。
 (この人の目の前で自分に好きな人がいることを知られては、またこの話が混乱してしまう)
 「……添うこともできずに生涯を終える人もいる中で、私はこのようにして機会を与えていただいているので……」
 「だから、断ることができない……ということか」
 俯いていた春子は、突然顔を上げて微笑んだ。
 「そろそろ行きましょう、勝俊さん」
 待ちに待った瞬間に、勝俊は舞い上がるような高揚感と身体の火照りを感じた。
 拍動が大きく、速くなるのが分かる。身体全体が大きく脈打つようである。
 しかし、目前で笑う女の乾いた目を見て、その高揚した気分も一瞬にして冷めたのであった。
 「春子さん」
 庭の端を抜け建物の方へ歩き出した春子は足を止めて振り返る。
 「……婚約にしよう、結婚ではなく、婚約に。もし今日結婚を決めてしまえば、もう変えることはできない。しかし……婚約にしておけば……取り消すことだってできる」