「今日の授業も疲れたわね」
 「そうね、ついウトウトしちゃった」
 ある日、春子は学校帰りに友人と自宅方面にある公園を歩いていた。カスケードを流れる水の音が涼しさを感じさせ、授業で微睡(まどろ)んでいた春子の目も覚めてゆく。
 「あら、ホルンを吹いている人がいるわ。少し聴きに行ってみましょ」
 「どこ?待ってよ」
 友人の指す先には、一人で金色のホルンを手に立つ詰襟(つめえり)の男がいた。春子はその男の方へ歩いていく友人を追う。
 「素敵な曲ですね、何方(どなた)の曲で?」
 友人は男が演奏を終わったところに話しかける。
 「ありがとうございます。これはフランスのサン=サーンスという音楽家の、ロマンスという曲です」
 「存じ上げませんでしたが、綺麗な曲ですね……春子さんもそう思うでしょう?」
 急に尋ねられてたじろいだ春子は、不自然に(うなず)いた。
 「え、ええ、美しい曲ね」
 早く家に帰りたいと思っている春子を引き留めるように、友人と男の話は続く。
 「どちらかの楽団で演奏してらっしゃるんですか?」
 「いやあ、まだまだですよ、今は音楽学校の学生です。今日もその練習でこうやってホルンを吹いていたんですよ」
 「まあ、音楽学校のかたですの?すっかり音色に聴き入ってしまって……とても素敵だわ」
 友人は男の吹くホルンの音を思い出し、少しの間恍惚とした表情を浮かべ、思い付いたように続けた。
 「差支えなければあなたのお名前を教えていただけませんか。また素敵なホルンの音色を聴きとうございます」