幸枝は頬杖をついた人差し指の先を春子に向ける。
 「もう時間がないわよ。春子ちゃんがあなたの好きな人に告白したとして、相手の方も応えてくれればそれは良いことだし、もし上手くいかなかったらそれまでよ。春子ちゃんなら分かるわね。あなたにお付き合いを申し込んだ方にも、あなたの好きな人にも、残された時間は同じよ」
 「うん……」
 その日の帰り、春子は悶々(もんもん)としていた。
 (思い悩む私を見ていられない?幸枝さんが?)
 (神藤さんにも清士兄さんにも残された時間は同じ……幸枝さんったら、何を言っているのか全く分からないわ)
 春子の頭の中に幸枝の言葉が巡り続ける。
 部屋の中で長い間考えていたが、いつしか家の外は暗くなり階下から賑やかな声が聞こえた。
 (珍しいわね、お客さんでも来たのかしら)
 「あら、お嬢様。成田様がおいでですけれども、一度居間の方へお顔を出しにいらっしゃってはいかがですか」
 階段を降りたところでゆきに声をかけられた春子は、その名前を聞いて嬉々としている。
 「ええ、()ぐに行くわ」
 今の前に座り、両手で丁寧に(ふすま)を開けて膝の前に柔らかく手をつく。
 「こんばんは、春子でございます」
 亭主と客人は既に酒が回っているようで、上機嫌に春子を手招きする。
 「春子ちゃん、酌をしてくれ!」
 「はい」