春子はこの日、以前幸枝に連れて行ってもらった純喫茶を訪れた。
 「いらっしゃいませ」
 今日も物静かな店主が食器を磨いている。
 カウンターを抜けて窓側の席へ向かうと、そこには偶然にも幸枝がいた。
 「幸枝さん、こんちは」
 「あら、春子ちゃんね。ここ、掛けなさいよ」
 「ええ、どうも」
 幸枝は今日も紅茶を飲んでいる。
 「春子ちゃん、何飲むの?」
 人差し指を唇に当てて迷う仕草を見せた春子は、何を飲むか思案した。
 「コーヒー……ってもう飲めないのかしら」
 「そうね……少し厳しいかもしれないけれど、幸枝姉さんがおじさんに聞いてきてあげてもいいわよ」
 春子は幸枝のいつも通りの口調にクスッと笑った。
 「ええ、お願いしますわ。幸枝姉さん」
 幸枝はカウンターの下にいる店主の元へ歩く。
 彼女たちの他に客はいない。
 「おじさん、コーヒーってまだある?」
 店主は申し訳なさそうな顔をした。
 「……そうなのね、まあ、仕方ないわね」
 カウンターから戻った幸枝は、
 「コーヒーはないそうよ。代用ならあるって言っていたけれど……私からしたらあれは飲めたものじゃあないわ」
 と言って、紅茶を飲み直した。
 「それじゃあ、私もお紅茶をいただこうかしら」
 こうして春子と幸枝の茶会が始まった。
 「それで、何か変わったことはあった?」
 幸枝は早速、春子の話を聴こうと彼女の顔を覗くように尋ねた。
 「いいえ、変わっていないわ。本当に、なあんにも変わってないの」
 期待外れの答えに、幸枝は小さくため息をついた。
 「ねえ春子ちゃん。あなたから気持ちを伝えちゃったらいいじゃないの。私、そうやって思い悩む春子ちゃんのことをこれ以上見ていられないわ」
 幸枝には春子が平然を装いながらも相当に悩んでいることが見通せていた。