片付けを終えて居間へ向かう時に、彼女はまた応接間の前に立ち止まった。
 まだ二人の話し声がしている。
 (……やっぱり聞かないでいられるわけないわ!)
 ゆきはドアの前で耳を(そばだ)てた。
 「近いうちに縁談がある……で春子に聞かせようかしら……主人……お宅の旦那様にも……」
 この言葉を聴いて、ゆきは二人の結婚を確信した。
 (お嬢様はあのお客さん……神藤さんとご結婚なさるのね……)
 思考を巡らせるゆきの目の前でドアがゆっくりと開いた。
 「あら、おゆき」
 そうして客人を見送ったものの、話を立ち聞きしたことが気づかれていないか、不安で仕方がなかった。
 (話を聞くんじゃあなかった……そろそろ戻らなきゃ)
 ゆきは不安な気持ちを抱えながら、邸宅へ戻った。玄関には、誰もいなかった。
 「奥様、お客さまをお送りしてきました」
 「ええ、ご苦労様」
 一仕事終え報告に向かった居間は、いつもの昼下がりと何ら変わりない。
 ビスケットを食べていた春子は既に居間を去っており、母がひとり縫い物をしている。
 何も(とが)められなかったことで少し安心したゆきは、台所で夕飯の支度を始めることにした。
 (立ち聞きをしたことは見つかっていないようだし、少し安心した……それにしても、お嬢様はあの方のことをどう思っていらっしゃるのだろう)
 本人に聞くにも聞けない疑問を持ってしまったゆきは、上の空で俎板(まないた)に食材を並べていた。