「……困りますね。こんな風に撮られていたとは、まるで好色めいた嫌な写真だわ」
 写真の裏には、
 『(ある)週末の書店のアベック』
 と書かれていた。この一幕に付けられた題であろうか。
 志津はあからさまに嫌な顔をしているが、今更抗議しようにも撮影者は東京(ここ)にはもう居ない。
 「この学生さん、成田実業のお子さんじゃないかしら。成田さんといえば、先月、お兄さんのほうが亡くなったそうよ。戦病死ですって」
 志津の写真を持つ手は震えている。
 「(いや)ね、こんな話をしちゃ。もう行くわ」
 代金を差し置いた婦人は颯爽と診療所を出て行った。
 「お大事……に……」
 このことが父や婚約者、他の人達に知れたらどうしよう。
 その時、どう説明すればよいのだろう。
 この人は成田実業の子供で、しかも先月死んだ?
 様々なことが頭を駆け巡り、一斉に血の気が引いた。
 ──夢は終わった。いや、彼が「お兄さん」なのかどうかは分からないが、あの話しぶりではきっと彼が死んだのである。
 志津は何とも()(たま)れない気分になって、薬棚に手を伸ばした。
 ひとまず疲労回復剤でも飲んで落ち着こう。突然のことの連続で一気に疲れてしまったのだ。
 そうして志津は何事もなかったように仕事を再開した。
 「或週末の書店のアベック」は手元にあった本の適当な頁に挟んでおいて、もうその本を開くことは無かった。