「本当は志津さんを迎えにいくつもりだったんだが、急に診療の予定が入ってしまってね。申し訳ない」
 仕事を終えた彼は白衣から紺のセーターに着替えて、応接間へやってきた。
 「いえ、お呼びいただいて嬉しいですわ」
 熱々の緑茶を一口飲んだ康弘は、
 「そうかい、それなら良かったよ」
 と柔らかな笑みを浮かべている。
 「終業間近まで診察をなさっているとは、本当にお忙しいのですね」
 志津は懸命に仕事に励む康弘を真面目だという目で見ている。
 一方の康弘は軽く笑いを(こぼ)して、
 「いやあ、お陰で病院の運営は早くも好調だよ。僕もたくさんの子どもたちを診ているしね」
 と言っている(かたわら)で、
 「しかし定期検診なんかで来院するのはともかく、病気の子ども達もそれなりに来るんだ。僕のところに来てくれるのは有難いけれど、その分頑張らねばと思うよ」
 と真剣な表情で話している。
 彼が小児科医になった理由は実に、子どもが好きだからという理由に尽きるらしい。学生時代は内科の勉強にも特に励んでいたらしく、召集についてはそれが影響してか内科医としての従軍となったが。
 こういった子どもが好きだという温和な性格を持ちながらも、自らが努力せねばらなぬという使命感に燃える彼は魅力的だ。
 窓から見えた診察の様子からもそんな彼の気質を(うかが)うことは出来た。
 それから康弘に会うことは無く彼も戦地へ征ったのである。
 『志津さん、お元氣(げんき)ですか。僕は今日も軍醫(ぐんい)として任務に(はげ)んでいます。寒さの(きび)しい時季ですがお身體(からだ)を大事に、暖かくして過ごしてください。』
 彼が戦地に赴いてから半年後に届いた軍事郵便には、流れるような字で三行の文章が書かれているのみである。