ここは彼女の心の安らぐ場所のひとつである。
 膝下から頭上を遥かに越し天井に届きそうな高さまで、この小さな書店には様々な種類の本がずらりと並べられている。
 様々な装丁(そうてい)の本のぎっしりと詰められた書架は花畑のようで、眺めているだけでもわくわくする。
 書店には店員は居らず、店主が一人、会計のために入り口近くにカウンターを設けて座っているばかりだが、彼も相当の本好きと見えて、机上に数冊の本を置き一冊ずつ読んでいる。
 志津はいつも店内に入ると、真っ先に医学と薬学の書架に向かう。十数年の常連のために(こしら)えた、特別な区画である。
 棚に並ぶのは基礎を説いたものや学生に必須の本、そして新刊である。
 志津はこの棚に並ばない物は基本的に店主に問い合わせて、(つい)でに取り寄せることにしている。
 目前に所狭しと詰められた背表紙を見ているだけでも壮観だが、彼女は目線よりもやや高いところにある本が気になった。
 (外国の本が置いてあるとは……珍しいわね)
 他の本よりも少しだけ奥まったところにあるその本は、どうやらドイツ語で書かれているようであった。
 志津は隣の本の影に隠れる背表紙の題字を見ようと目を凝らしていたが、手に取ろうにもきっと手は届かない。
 (弱ったわね……店主さんを呼ぼうかしら)
 一応自分で取れるか試しておこう、と右手を伸ばしてみる。やはり届かなかった。
 書店の入口の方に目を遣ると店主は読書に集中しているようで、それを邪魔するのも気が引ける。