父は優しい笑い声を漏らし、
 「お前はやはり人をよく思いやる()だな……よし、妹さんに打診してみなさい。それで向こうが良いと言えばうちに呼ぶと良いよ」
 と答えた。
 「ええ、そうします」
 志津は診察室を出て、しめたと思ったが、一方で父に嘘をついたような気分になった。
 父の思うような、思いやりのある人間ではない、大企業の令息と令嬢に取り入って、あわよくば何か良いものを得たいという狡猾(こうかつ)な打算の結果なのである。
 あの女は志津の提案を受け入れるだろうか。
 志津が診察室から戻った頃には女のほうも電話を終えていたようで、待合室の椅子に座っていた。
 足組み腕組み、壁を見つめていた女は志津の姿が見えるや否や、
 「あの、お電話……有難う」
 と断髪の裾を揺らす。
 「いいえ、大切なご連絡でしょうから……もうお帰りになられますか」
 志津は分かっていながら尋ねた。受付の電気を消した彼女も女に向かい合うように待合室の椅子に掛ける。
 「今晩は泊まろうかと思いまして……この辺りで何処か良い宿はご存知?」
 志津は考えるそぶりを見せる。
 まるで、目前に座る女が良いところの令嬢だから、こんな住宅ばかりのところではなくきっと新宿のほうにある「良い宿」を所望だと考えているかのように。
 そして、ひとつ手を打って、
 「もしよろしければ、家(うち)にお泊まりになられて?」
 「え?」
 女はその上品な見た目とは相対する素っ頓狂な声を出した。
 志津はその声に笑いが漏れそうになったが、それを抑えるようにやや早口で話す。