電話をしてから小一時間経ったところで、診療所の前に自動車のやって来る音が聞こえた。
 ガラガラと扉が開き目前に現れたのは、見るからに高級な洋服に身を包んだ断髪のモガである。
 「お電話を頂きました伊坂工業の者ですが、伊坂義雄は」
 やや慌てた様子のモガを前に、志津は帳簿を閉じて小窓の向こうで小さくお辞儀をした。
 「御足労いただき有難うございます……それからご連絡が遅くなってしまい大変申し訳ございませんでした。お荷物を整理するまでご連絡先が見つからず、治療に専念するほかない状況でしたので」
 と説明すると、モガは涼しげな表情で、
 「ご連絡をいただけただけでも大変有り難いですわ」
 と返し、志津もにこやかな表情を見せる。
 離席中の札を机に置き受付を出た彼女は、
 「三十分ほど前にお休みになられましたところです。一度病室へご案内いたします、こちらへ」
 とモガを案内する。
 一方のモガは小さな診療所を隈無(くまな)く見渡すようにして志津の後ろをついて歩いている。
 モガは部屋の奥で眠る男性を見るや否や、
 「お兄様……」
 と声を漏らした。
 掛け布団を掛け直す彼女を遠くから眺めていた志津は、数十分前に男性の言っていたことを思い出す。
 (『きっと妹が来てくれるでしょう』──そうか、あのモガが男性の妹なのか……ということは、彼女も令嬢なのね)
 志津は兄の手を握る少女の方へ向かった。
 「失礼致します、院長から詳細な説明を差し上げますので、診察室までお越しいただけますか」
 「ええ」
 モガを診療室に案内した志津は、再び受付に戻る。