志津は自らを他所(よそ)に起き上がろうとする男性の背中に手を当てた。
「お加減は如何(いかが)ですか」
「特に……それよりも、此処は何処で僕は何故(なぜ)此処に……?」
気を失ったまま運ばれてきた彼は居場所の見当が付かないようである。
「此処は診療所です。道端で倒れていらっしゃったと云って数名の男性方が運んできたのですが、何か心当たりはお有りです?」
「はあ……ああ!有ります」
男性はハッと思い出したような口調で話を続ける。
「取引先との商談を終えて、駅に向かっていたんです。道を歩いていると突然目の前が暗くなって、こう、落ちるような、崩れるような感覚に陥りました。先生は疲労だと仰いましたが、確かにこのところ僕は働き過ぎたかもしれない……日夜の別無く、市内の東から西まで文字通り動き回っていた訳ですが……いけない、話し過ぎてしまいましたね」
へらへらとした表情を浮かべた男性はひとつ溜息を吐く。
「いえ……その、近頃工業はお忙しいとお見受けいたしますから……」
志津の一言に、男性はきょとんとしている。
「お嬢さん、僕をご存知でしたか」
彼女は部屋の隅にある男性の鞄に目を遣った。
「治療中にお鞄を拝見したんです、背広を着ていらっしゃったからきっと何処かの会社の方だと思い……それでお名刺を見つけたものですから。あんな大企業のかたとは知らず……失礼を申し上げました」
男性は造作もなげに笑みを向ける。
「いやあ、治療をしていただいた身ですからね、そう暗い顔をしないでくださいよ。僕も働いているとはいえ父の会社ですし、僕はただのサラリーマンですよ」