ガラガラと扉の閉まる音を聴いた志津は診察室にいる父の元へ行き、
 「お父さん、道端で倒れていたという人が運ばれてきたのだけれど、診てくださらない?」
 と伝える。父は何か書き物をしている様子であったが、
 「ああ、今行くよ」
 と言って娘と一緒に診察室へ向かう。
 志津は、父がベッドに横たわった男性を診察するのを少し離れたところから見ていた。
 父は時々首を傾げながら顔色を見たり脈を測ったり、聴診器を胸に当てたりしている。
暫くして父は、迷うように唸った。
 「特に異常な様子も無いし安定しているが……疲労かなあ」
 ベッドの上の彼は、遠巻きに見ればただ寝ているようにしか見えない。息の荒い様子も、痙攣(けいれん)も、血を吐くこともなく、本当にすやすやと眠っているだけのように思える。
 「そもそも道端に倒れていたと聞いたそうだが、誰なんだね。何か身元の分かるものは有るか」
 「探してみます」
 志津はサラリーマン達のうちの一人が置いて行ったであろう、男性の鞄を探る。
 何枚かの書類や封筒のほかに、財布、名刺入れが見つかった。
 鞄から名刺入れを取り出した志津は、その中にある名刺を見てハッとした。
 「お父さん……この方、伊坂工業の方だわ。しかも……伊坂さん。御令息か何かかもしれないわ」
 父は娘から見せられた名刺を見て、
 「ふむ……」
 と顎髭を撫でる。
 「取り敢えずは輸液をしておくか。おい、後は頼んだぞ」
 「私は伊坂工業に電話をしてきます」
 看護婦に指示をした父は診察室に戻り、娘の持ってきた名刺を見ながら診察簿を書き始めた。
 (伊坂工業の親族……弱ったなあ。まさかこんな事になるとは)