さらには往診に同行することもしばしばある。
父の鞄を持ち、自動車に乗って患者の自宅へ行く。
大抵は看護婦が付いて行く筈だが、父は娘を信頼して彼女を(したが)えるのである。
彼女自身は薬剤師なので、定期的に往診に行っているところであれば薬を渡すこともあり、それはそれで効率的なのであろう。
父の病院を手伝って早数年だが、最近で一番大変だった患者はきっとあの大企業の息子である。
志津にとっては大変だったというよりは、変な緊張感を覚えたというほうが正確かもしれない。
それはある冬の日の昼下がりであった。この頃には医院もより大きな組織の下に接収されようかという頃、経営も斜陽が見え始めたときで、事務員を手放し志津が薬剤師と受付、事務の仕事を兼任して数ヶ月という時期である。
帳簿を付けていると、勢いよく入り口の扉が開かれて、二、三人のサラリーマンと見える男性達が入ってきた。
「ごめんください」
志津は驚いて受付を出て入口へと向かった。
「まあ、急病人です?」
「いや、それが、俺達もよく分からないのですがね、道端に倒れていたんです」
男性達に抱えられているのもまた、スーツを着た男性である。
その人はぐったりとして、すっかり気を失ったように見え、抱えられたままだらりと上半身を垂れている。
「ひとまずベッドへ」
志津は彼らをベッドの並ぶ部屋に案内し、一番奥の窓側の部屋に寝かせるよう指示をした。
サラリーマン達は仕事があるとかで、男性を寝かせるや否や医院を出て行く。