「そうか、俺も友人として礼を言うよ。君には色々と助けられた」
 「え?」
 幸枝はふっと長津の横顔を見た。相変わらず彼は表情では何も語らない。
 「君と居る間は前日の失敗も、悪化する戦況も、上からの重圧も、少しだけ忘れられた。当然、任務の間は気を逸らさず臨んでいたが。君は俺に希望を持たせてくれる女性(ひと)だ」
 「長津さんの希望とは……どんなことです?」
 長津は前を向いたまま話す。
 「この戦争が終るまで、海軍軍人としての役目を完遂することだ」
 言葉にも声にも重みが表れていた。
 「兵の多くは、大切な人──親や兄弟、妻子や恋人や彼らの居る国を守りたいという想いで戦地に赴く。俺の場合は職業軍人だが、大切な人を守りたいという気持は同じだ」
 彼の言う「大切な人」は家族や兄弟だろうか、幸枝はそう考えた。
 「長津さん、家族想いなかたなんですね」
 長津は何も言わなかった。
 暫くして二人は新宿に着き、幸枝を降ろした長津は後部座席からトランクを取る。
 「切符を」
 先月のうちに旅客列車はかなりの本数が減り、一人分の片道切符を手にいれるのにも一苦労であった。
 数年前と比べるとひどく閑散としたこの駅で、二人は改札を通ってプラットホームに向かう。
 「もう、最後ですね」
 幸枝は突然寂しさに駆られたような気がして、線路を見つめながら呟く。
 「最後?」
 「はい……もう、一緒に『お仕事』をすることは無いでしょう?私が東京に帰ってくる頃には戦争は終っていて、戦争が終れば私達のお仕事も終る筈ですから……有難うございました」
 落ち込んだ少女の声は、長津の心の中にある何かを揺り動かした。