「気をつけて行ってくるんだよ、元気で」
 「向こうに着いたら手紙を送ってくれよ」
 そう言って早朝に出勤して行った父と兄に別れを告げ、
 「お忘れ物はありませんか」
 「お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 と女中に見送られて家を出た。
 門の目前には海軍将校と自動車の姿があって、
 「お早う、荷物を」
 と幸枝のトランクを後部座席に載せる。
 幸枝の手を取り助手席に乗せた長津は自ら運転席に座り、ハンドルを握った。
 「行こうか」
 自動車はゆっくりと走り出し、家は段々と遠くなってゆく。
 「すみません、早朝から。それに何もかも長津さんに手配していただいて……」
 「良いんだ。そもそも伊坂さんに疎開を提案したのは俺のほうだから」
 長津は涼しい顔で自動車を運転している。
 幸枝はそんな彼について、やはり一つの疑問を抱いていた。ずっと問うてきた、たった一つの問いである。
 「……長津さん」
 「うん?」
 何故、そんなに良くしてくれるのか。任務外のことや、義理人情の一言では説明できないことも、様々なことで助けられてきた。初めこそ単純に真摯に仕事に向き合う人間なのだと思っていたが、それだけでなく、彼は端然(たんぜん)として身のこなしが良く、気配りが出来て質実剛健(しつじつごうけん)、タフな人である。
 「やっぱり……何でもないです」
 「どうした、言ってくれよ」
 幸枝は少し考え込んで言った。
 「長津さんと一緒にお仕事が出来て、嬉しかったです。沢山助けていただいて、頼らせてもらって……本当に有難うございました」
 少女の頬は紅く染まっている。