「本当に会わなくて良いのかい。出陣学徒は暮れにも入団になるから、きっともう会うことは無いよ」
 「ええ……良いんです。彼は私の職業を理解してくれなかったし、その割には欲求ばかりで、お豆腐のようにぐにゃぐにゃとした人で意気地無しで……もう良いんです、あんな人。わたし、ひとりで……いいんです」
 幸枝の声は震えている。
 「……ハンカチは今度お返しします」
 少女は雨が降っているのも構わず庇の外へ出た。雨と涙が混じり混じりに頬を伝っている。
 突如として、頭上の雨が傘で遮られる。
 「家へか会社へか、送るよ」
 二人は、これから海へ山へと征く兵士の歌声を背に外苑を後にした。